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世界の“謎”に迫ります。 オカルトなどこれまで科学では解明することの出来ない事柄を、何の専門家でもない私が“勝手な解釈”で調べ上げます。
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 石見神楽が、現代まで、これほど忠実に再現していることが、当時の私には、興味深く思ったことを覚えています。それは、記紀が文字としては総漢字であり、難解極まる書物であることと、庶民がその内容を伝授していることの不思議さによるものです。
 ヤマタノオロチについての古事記の記述では、山、谷を跨ぐ大きさと書いてありますから、事実でないことは確かです。 
 ヤマタノオロチが架空の話であることが、そのまま、クサナギノツルギの存在否定にはなりません。天皇陛下御即位の儀式で、その御神体の所有者交代による物理的移動があります。その様子を拝見することはできません。お一人で執り行われる儀式ですから、天皇陛下のみ知ることができることになっています。しかしながら、その儀式自体の継承があるのですから、御子息である皇太子をはじめとする皇位継承権者は、少なくともその作法を知っていなければなりません。そのことから、クサナギノツルギは、天皇陛下とその御子息による目視確認があることになります。
 記紀の記述から逆算すると、天照大神が初代天皇をお産みになられ、神武天皇として御即位されたのが紀元前660年です。その前に、大国主命が命を天津神に返上(自害)し、出雲大社が建立されて、紀元399年、仁徳天皇の崩御がありました。記紀は1300年間の出来事を編纂して天武天皇に献上されました。物凄いことです。例えば、今から1300年前のことを考えるとすると、まさに記紀成立の年です。現代考古学、歴史国学をもってしても、謎だらけの時代ですので、当時にそんなアーカイブが存在するはずないのですから、殆ど創作と考えるしかありません。
 ここまで、考えましたが、結局、出雲大社は「古い!」しか判らないのです。
 整理し、判っていいることを追記します。
・大仙陵は仁徳天皇陵である確率が高い。崩御の年は誤っている。
・法隆寺建立は680年と判っていて、記紀より古い。
・712年、古事記献上
・720年、日本書紀献上
・741年、国ごとに国分寺を建立するよう勅(みことのり)が発せられる。
・2000年、出雲大社は少なくとも1190年までは48メートルの大社、109メートルの階段があった。
 以上です。 
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