世界の“謎”に迫ります。
オカルトなどこれまで科学では解明することの出来ない事柄を、何の専門家でもない私が“勝手な解釈”で調べ上げます。
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駐留軍司令部は、この問題を解決すべく、飲用アルコールの製造に大号令を発し、この蒸留酒の製造がどんどん行われました。容器は、米軍人が使用した空き瓶が使用され、特に人気があったのが600ccボトルだったそうです。現在でも、この名残で、この量の泡盛が、ウイスキーのボトルに似た茶色のものが使用されています。
そんな中、ある人物が焼け落ちた首里城の灰や瓦礫の中から、「にぶろく」の一部を見つけました。「もしや、」と考えたかれは、蒸した米を広げ、その上にこの「にぶろく」を切り刻んだものをふりかけました。すると、一週間後、この米一面が真っ黒になり、「黒麹」の復活を見たのです。泡盛の歴史が途絶える憂いがなくなりました。
現在の黒麹から作られている泡盛は全てこの時の黒麹菌の子孫なのです。
黒麹菌で蒸留酒を作ることは、東南アジアで古くから行われており、沖縄に伝わったのは14世紀頃であろうとされています。15世紀には、日本へも持ち込まれていました。江戸時代では、琉球王朝からの幕府への献上品には、必ず泡盛があったそうです。つまり、樋口一葉が生きる明治では、「泡盛」は知られていたらしいのです。しかし、一般的な酒類ではありません。当時は泡盛のような蒸留酒が庶民の口に入っていたわけではありませんでした。市中で見かける酒類に「泡盛」はなかったのです。
トロピカル地方では、現代でも「ブクブク茶」が飲まれています。こちらの伝統的なお茶の入れ方で、玄米をお茶に入れてかき混ぜ、泡を盛ります。
さて、龍華寺の和尚さんが飲んでいた「泡盛」は本当にお酒だったのでしょうか。もう一度読んで確認しましたが、「お酒」の証拠となるような説明は一切ないのです。つまり、あの「泡盛」がお酒でなくてもまったくストーリーに影響しないのです。
もしや、和尚さんが飲んでいたのは、「ブクブク茶」ではなかろうか。と私は考えるのですが、いかがでしょうか。
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