世界の“謎”に迫ります。
オカルトなどこれまで科学では解明することの出来ない事柄を、何の専門家でもない私が“勝手な解釈”で調べ上げます。
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記紀の研究が進むにつれ、事実であったとされる事柄が増えるばかりです。ここに、出雲大社が頻繁に登場します。古事記では、大国主命(オオクニヌシノミコト)が初代天皇の母である天照の大御神(アマテラスノオオミカミ)に国家を譲り自決するので、天津神(アマツノカミ)に頼んで、大社を建造し、そこに祀っってもらう約束がなされ、出来上がったのが出雲大社となっています。で、どこまでが事実なのかということです。事実か否かを知るには、天皇の系譜をたどり、確認することが近道です。天皇25第以前は神話に触れていますので、事実確認が困難です。記紀自体がすでに、幾代もの前の天皇のご業績を記しているので、はっきり事実であると言えるのは、「記紀編纂の勅諭がなされたこと」のみです。従って712年の天皇は実在するといえます。ところが、和暦年号が始まる前からの歴代天皇の実在も確認されています。大阪堺市の世界最大面積墳墓に安置されている人物は「仁徳天皇」とされています。仁徳天皇崩御は399年ですから、記紀の300年以前となります。つまり、大仙陵が仁徳天皇陵であることが証明できれば、出雲大社はすくなくとも西暦399年以前からすでに存在していたと言えるのです。
ここは重要な事柄です。というのは、戦後「存在証明がある天皇」は第15代天皇「応神天皇」とされていました。仁徳天皇の父にあたります。その後第26代天皇「継体天皇」説となりました。出雲大社は、初代天皇の父を祀る社ですから、出雲大社の存在はすなわち、少なくとも、実在確認がなされている天皇以前には存在してたことになるからです。
さらに考古学的研究が進み、第21代天皇「雄略天皇」とされます。現在一番有力な説です。ただし、文献による正確さでは、女帝であった西暦592年の第33代天皇「推古天皇」です。
また、別の研究では第10代天皇「崇神天皇」説もあり、限界がここまでのようです。天皇即位は紀元前97年ですが、日本書紀では119歳没年となっています。
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