世界の“謎”に迫ります。
オカルトなどこれまで科学では解明することの出来ない事柄を、何の専門家でもない私が“勝手な解釈”で調べ上げます。
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自分の自動車から釣り道具を出して、登山靴を履いて出かけようとすると、その犬が飛び出して来て、私を一瞥すると、先へ走って行きました。
川まで数百メートルでしたが、道はなく、雪が積もる枯れた草むらを進んで行きました。疲れて立ち止まると、その犬がどこからかやってきて、私のすぐ横で座っているのです。歩きだすと、またその犬は走って消えてしまいます。立ち止まる度にやって来るのです。沢では、私の前には行きません、常に真後ろを付いてきます。終始その状態です。
出かける前に、おばあちゃん(井上さんの奥さん)がテニスボールみたいな握り飯を2個ビニル(ポリ)袋に入れて持たせて下っさたので、昼にそれを食べました。横にその犬が坐って無関心な面持ちで川の向こうを見ていました。
釣りは、満足できる成果を得たので、帰投しました。犬がまた、草むらに入ると、追い抜いて、先へ行ってしまいます。安むと現れるのです。
こいつを見ていて、タバコをくゆらせていると、涙がスーと流れました。明らかに、私を保護してくれているのです。明らかに、先導しているのです。お明らかに、見守っているのです。私にアクシデントがあったら、エマージェンシ・コールを井上さんに、告げるのでしょう。
出発前に肉を私から得、僅かなスキンシップのみ。
人と犬との対峙。この体験は一生の、いわゆる「宝」です。都会のハンターは、これを知っているから、自分の高価な血統の猟犬を井上さんに委ねるのです。
しつけられてはいませんが教養ある犬達です。妻を冬の風呂場に閉じ込めたこいつらは、誇り高く自分で生きているのです。
山に狼がいなくなった証拠は見つかりません。存在の証明は、実物を確認すればそれいいのですが。存在否定は宿命的に困難です。
古事記での記述では、「オオカミ」にあたる古代仮名(漢字)で登場します。日本書紀、続日本書紀では「大神」と言う漢字が狼にあたると考えられているそうです。
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